大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和32年(タ)35号 判決

反訴原告 野田ジユーン友子

反訴被告 野田ヘンリー均(いずれも仮名)

主文

反訴原告と反訴被告とを離婚する。

訴訟費用は、反訴被告の負担とする。

事実

反訴原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

反訴原告、反訴被告(以下、単に原告、被告という。)は、いずれもアメリカ合衆国の国籍を有する者であるが、右両名は、一九四九年(昭和二四年)一〇月三日同国ネバダ州ワシヨー郡リノにおいて治安判事の面前で婚姻した。

ところが、被告は、一九五一年(昭和二六年)四月ころ日本で商業に従事すると称して、原告が極力引きとめたにもかゝわらず、単身日本に渡航し、それ以来同国に居住し、株式会社ウイン・オイルコンパニーオブジヤパンを設立して事業を営んでいる。そうして、右移住後、被告は、原告に対して生活費の送金もせず、原告が再三帰国を懇請したが、かえつて日本に永住する意思を表わし、原告を捨てゝ顧みない。

本件離婚は、右離婚原因事実の発生当時における夫である被告の本国法にあたるカリフオルニア州の法律によるべきものであるが、被告の右のような行為は、同法の離婚原因である悪意の遺棄にあたるとゝもに、日本民法第七七〇条第一項第二号にあたる。従つて、原告は、右事由に基き裁判上被告との離婚を求めるため、本訴請求に及んだ。以上のように述べ、証拠として、原告(本訴原告)本人尋問の結果を援用し、甲第一号証はその成立を認めると述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、原告の主張事実を全部認めると答え、証拠として、甲第一号証を提出した。

理由

外国公文書であつて、真正に成立したものと認める甲第一号証(婚姻証明書)、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、原被告は、いずれもアメリカ合衆国の国籍を有する者であり、原告主張の日にネバダ州ワシヨー郡レノ(Reno Township )の治安判事の面前で適式に婚姻したものであること、原、被告は、右婚姻後原告肩書住所地に居住し、被告は、ユニオンカリフオルニア石油会社に勤務していたが、一九五一年ころたまたま日本の石油業者数名が渡米して、右会社を訪れ、被告がその接待に当つていたところ日本で独立して事業を始めるように勧められ、加えて原告との間も不和であつたから、同年四月ころ日本に移住し、株式会社ウインオイルカンパニーオブジヤパンを設立して、油類の販売業を営んでいること、原告は、被告の右移住後再三帰国を求めたが、被告は、これを拒絶し、その間原告に対して生活費も満足に送金しないでいたことが認められ、右認定を妨げるに足りる証拠はない。

本件離婚は、法例第一六条により右離婚原因事実の発生当時における夫である被告の本国法によるべきであり、アメリカ合衆国は、州により法律を異にするから、法例第二七条第三項により被告の属する地方の法律によるべきである。そうして、人がその身分に関していかなる地方に属するかは、当該外国法の決定するところであり、アメリカ合衆国の法律は、人の身分は、その住所地の法律により支配されることを承認するから、本件離婚は、被告の現在の住所地法によることゝなるが、前記本人尋問の結果によれば、被告は、無期限に継続して日本に居住する意思を有していることが認められ、この事実に前記認定事実を併わせ考えると、被告は、アメリカ合衆国における住所を放棄し、同国の法律の承認する選択住所(Domicile of choice)を日本に設定したものと認められる。

しかし、法例が指定地法として本国法の適用を命じ、その指定地である不統一法国における属人法の決定が住所地法によるものとされる場合、住所が外国にある結果、その外国法が適用されるとすることは、そもそも法例が当該法律関係につき本国法の適用を命じた趣旨に反するわけであるから、かような場合その指定地国における最後の住所、または英米法にいわゆる本源住所(Domicile of origin)の所在地の法律がその者の属人法であると解するのが相当であり、アメリカ合衆国においては、右の場合本源住所の所在地の法律がこれにあたるものというべきである。そうして、英米法の原則上本源住所とは、子が嫡出であるときは、子の出生当時における父の住所、子の出生当時父が死亡し、または子が嫡出でないときは、母の住所がこれにあたり、その父または母の住所が本源住所であるか、選択住所であるかどうかを問わないものとされているのであつて、前掲各証拠によれば、被告の本源住所は、カリフオルニア州サンフランシスコにあるものと認めることができるから、本件離婚は、カリフオルニア州の法律によらなければならない。

ところで、アメリカ合衆国各州の法律は、離婚原因は、法廷地の法律によるとする点で一致している。(Restatement, §135 Lorenzen, selected articles or the conflict of law, p403 )(しかも、イギリス国際私法の原則によれば、外国裁判所は、離婚につき住所地法を適用すべきものとするのであり、この観点からしても、配偶者の一方である被告が日本に住所を有することは、前記のとおりである。)従つて、本件離婚は、法例第二九条により日本民法を適用して判断しなければならない。

前記認定事実に基けば、被告の前記のような行為は、日本民法第七七〇条第一項第二号にいわゆる配偶者を悪意で遺棄したものといわなければならないから、右事由に基き裁判上被告との離婚を求める原告の請求は、理由があり、これを認容すべきである。よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤令造 田中宗雄 間中彦次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例